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2008年03月09日

日本文化の変化

最近、大学生や大学院生と接していると、自分が同じ年代だった頃との文化の差を感じます。

例えば、先日、学生とのある会合に行ったときのことです。私はちょうど集合時間に部屋に到着したのですが、その時は私以外の人はすでに到着していて、着席していました。残っていた席に座ったのですが、そこはその部屋の中ではいわゆる「末席」です。例年、この会合は私の進行で会を執り行うのですが、私が到着しても、一番上座に座っていた学生が気にも留めず、自分で司会をしながら始めようとしていました。その学生は昨年も参加していたので、この会合の趣旨などを理解しているはずなのですが、ひたすらマイペースです。しかたなく、その場を制して、例年通り私が進行をしてよろしか確認したところ、「それであればどうぞ」という感じでした。

「上座」という概念がそもそも分からないようですし、会合の趣旨、序列などを理解した振る舞いというものも分からないようです。ちなみに、その学生は非常に真面目で成績もトップクラスです。そのようなことを学ぶ機会がなかったとしてか思えません。

また先日、学生とのある飲み会に参加しました。通常であれば、一番年配の私が「乾杯」をするのですが、先日は驚いたことに一番下の学年のいわゆる「幹事」がいきなり乾杯をしました。これなども私の世代の感覚からするととても理解できないのですが、その場の雰囲気を壊しても申し訳ないと思い、何も言えませんでした。

私も、このようないわゆるマナー的なものは、振り返れば大学の部活において学んだような気がします。いわゆる体育会系の部活でしたので、上下関係は厳しく、いわゆるマナーに反することをすると「そそう」となり、その度にしかられました。しかし、そのおかげで、就職活動などをする頃には、一般常識的なマナーは備わっていて、特に失態を演じることはなかったように思います。

最近の大学生は、在学中にもサークルや部活に所属しない人の割合が増えています。そのため、集団生活をしないで大学4年生になる人が多く、一般常識的なマナーを学ぶ機会がないのではないでしょうか。

またメールやブログによる文化の破壊も着実に進んでいる気がします。メールやブログでは非常にラフでフレンドリーな文体が好まれ、多くの人がそのようにするようです。それが日常的なコミュニケーションの場にも影響を与えます。つまり、最近、その場にふさわしいような敬語が使えない学生も増えています。

このような一般常識的なマナーというのは、恐ろしいことに大多数の人が「当たり前」と考えることがあらたな「一般常識」となります。数年経ったら、私のような人間の方が「一般常識を知らない人間」となってしまうのではないかと思っています。

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posted by ウホホイ at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育・学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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