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2013年01月13日

プロレス、総合格闘技への想い

「世界最強は誰か?」

かつてはこのことを考えるだけで多くの人が胸を熱くしました。

子供の頃、アントニオ猪木のプロレス・異種格闘技戦をテレビなどで見て、拳を握りしめながら応援しました。当時は何も知らず無邪気に、でも一途に見ていましたが、その内、プロレスを見ていることを友達に馬鹿にされたり、「あれは真剣勝負ではない」的なプロレス論を耳にし、ストレスを溜めていきました。まるで「隠れキリシタン」のような気持ちでした。

その後、UWF、パンクラスへのムーブメント、さらにはK−1、UFC、PRIDEなどを見て、素手での戦いというものがどのようなものか、多くの人が見ることとなります。一時は年末に複数の総合格闘技のイベントがテレビ中継されるまでになりましたが、トラブル等を契機にずいぶん縮小されました。

これらの経験を経て、「世界最強は誰か?」ということは試合のルールに大きく依存することは再認識されたと思います。以前はプロボクサーとプロレスラーのどちらが強い的な議論が真面目にされましたが、突き詰めるとそれぞれのルール、すなわちそれぞれの競技ごとにチャンピオンがいるという結論となるのでしょう。

ぞれでも以前は「実戦だったら力士(相撲)は強い」などという議論もありましたが、そもそも「実戦」をどのように定義するかも謎です。何でも有りなら拳銃・刃物を使うことまで想定され、その延長上は軍事力までに拡張しかねないからです。

そうすると観戦するプロスポーツとして何に価値があるのかも、幅広く捉えてよいのでしょう。あるルールを設定してその中で技を競うことにそれなりの価値はあるはずですし、一方の究極である「プロレス」的なものにも価値があるはずです。

残念なのは興行が厳しいためか、プロレスラーの非業の死、団体の消滅による活躍した選手の姿が見えなくなってしまうことです。競技・団体として永続性を持たせるには、選手を壊さないような安全面に配慮したルール・システム作り、選手を引退した後も業界に関わっていけるような健全な組織作りが求められます。

かつて活躍した選手が生活に困窮し、技も力も衰えたのに試合をしなければならなかったりするのは、「強さ」を売りとする業界としては望ましいことではないでしょう。

プロレス、総合格闘技の更なる発展に期待したいです。


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posted by ウホホイ at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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