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2009年12月05日

科学に対する予算を削減するということ

科学に関する研究というものは、昔からお金がかかるものです。それは芸術においても同じことが言えるでしょう。いわゆるパトロンのような人がいて、科学者や芸術家が自分の興味のおもむくままに思索・試行錯誤に熱中できるような境遇に置かれた時に、歴史に残るような偉業が成し遂げられることがあります。

芸術と異なり、科学においては、その水準が国力と密接な関係がある時代があり、国を上げて科学の振興に主要国が取り組んできました。そうなると、一個人の才能だけに頼るのではなく、組織的に取り組むようになってきました。

国のお金をかけて研究が大々的に行われるようになり、さらに経済状況が悪くなると、国の科学に関する研究プロジェクトに経済的なリターンを求める声が強くなってきました。さらに国のお金が動けば、政治的な要素も色濃くなってきます。

しかし、純粋な科学というものは、個人の好奇心による部分が大きく、それが必ずしも経済的なリターンに結びつくとは限りません。さらに現在の世界経済では、科学の水準が高いほど国力・国の経済力が強くなるとは限りません。それらが「国が科学にかけるお金をどのようにすべきか」を考えることを難しくする要因と言えるでしょう。

また、国が純粋な科学ではなく、企業の研究開発に助成することにもいろいろと議論があります。つまり、自由経済の下、世界の企業が競争をしているのに、一部の企業に国が資金提供をすることが不公平なのではないかということであると思います。しかし、いろいろな国では強力な各国政府の支援によって勢力を拡大している企業があります。それは必ずしも研究開発助成ということに限りません。

日本政府が支援をしないことにより、日本企業が海外のその国の政府から支援を受けている企業に敗れさることがあった場合、その企業そのものが無くなってしまうことがあります。その場合、取り返しのつかないことになってしまいます。

科学・技術分野の人材、つまり科学者・技術者は、教科書を読ませればドンドン育成できるものではありません。いろいろな実験技術、研究におけるものの考え方を人から人へ伝えなければ、科学技術の水準を維持することができません。歴史的にも、日本から多くの人材が海外へ留学し、多くの技術・ノウハウを日本へ持ち帰りました。未だに学術の世界では、世界中で留学生を受け入れるという寛大な文化があります。日本では留学により手にしたものを足がかりに、多くの研究が発展してきました。

科学技術の予算をあまり深い考えなしに削減した場合、これらの脈々と受け継がれてきた日本の科学技術が断たれてしまうのではないかという恐怖を感じます。そのような視点からは、これまでも大学の果たしてきた役割は非常に大きいものがあります。基礎的な実験技術、科学に対する研究姿勢を受け継ぎ、多くの人材を育ててきました。それはそこで習得した技術が単純にすぐ現場で役立つかどうかといった短絡的なことではなく、科学者・技術者としての素養に関わる根源的なものです。

なぜなら、科学というものはこれまで明らかにされていなかった自然の一部を明らかにすることを目指すものであり、技術はより優れた技術を開発することを続けていかなければならず、単純に教わったことを繰り返していれば良いというものではないからです。

先ほどの留学ということも、国の援助が無ければ、留学できる人の数も格段に減ることは間違いありません。以前書きましたように、大学の研究も国の助成無しには成り立ちません。予算がこれらに対する配慮なしに削減され、多くのものが失われてしまったら、修復するために何倍ものコストと時間がかかるかもしれません。

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posted by ウホホイ at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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